九州北部豪雨災害へのGETFLOWSによるアプローチ
その2 小野地区地すべり
はじめに
2017年7月の九州北部豪雨は、福岡県朝倉市から大分県日田市にかけて同時多発的な斜面崩壊により生産された大量の土砂と流木が洪水氾濫を伴いながら広域に堆積させ甚大な被害を生じさせました。日田市小野地区では、花月川支川小野川の右岸斜面が降雨停止後10時間経って地すべりを起こし崩壊しました。その崩壊土砂が小野川をせき止め一時的に天然ダムを出現させ、ダム決壊による二次災害も懸念されました。
当社は、降雨停止後に時間遅れで発生した地すべりのメカニズムを把握するため、GETFLOWSによる水理解析を行いました。本資料では地すべり面の水の挙動に着目した地すべり発生メカニズムの検討結果についてご紹介します。
写真 小野地区の地すべり(右上:崩壊土砂によって小野川に出現した天然ダム 下:地すべり面全景)
解析概要
解析の概要を以下に示します。
解析範囲 | 花月川支川小野川の小野地区右岸域(約1.2km2) |
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降雨データ | XRAIN(一般財団法人 河川情報センター) 空間解像度:250m、時間単位:1min雨量(⇒1hr雨量に換算) |
地形データ | 10mDEM |
解析手法 | GETFLOWSを用いた3次元水循環解析(水と空気の二相解析)、不規則格子(深度方向15層、総格子数174,720) |
1) 表想定地すべり面の水飽和度、間隙水圧(毛管圧力考慮)を分析。
2) 想定地すべり面上の水飽和度、水圧(水深)の経時変化と地すべり崩壊時刻との対比(国土交通省「平成29年7月九州北部豪雨による土砂災害の概要(速報版)Vol.6や防災科学技術研究所「平成29年7月九州北部豪雨に伴う地盤災害調査」によれば、地すべり発生時刻は7月6日10:00と推定されている)。
現地調査状況と解析対象領域
小野地区の当該地すべり地は、平成24年7月豪雨でも変状が見られた地区です。地すべり箇所の概要図を図1に示します。下位に凝灰角礫岩、火山円礫岩などからなる北坂本累層とみられる難透水性の火山性堆積岩類が分布しています。上位には自破砕部を伴う安山岩熔岩である開口性の割れ目が多い透水性の英彦山火山岩類が分布しています。北坂本累層と英彦山火山岩類の境界に沿って赤色の粘土が分布しており、これが地すべり面を形成していると判断されます(図1の写真参照)。
解析対象領域は、英彦山火山岩類の分布範囲や地すべり地上流の地形等を考慮して図2に示すような範囲としました。
図-1 小野地区地すべり地の概要図 | 図-2 小野地区モデルの解析対象領域 |
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モデル作成と解析条件
小野地区モデルの境界条件は、小野川沿いの地表水は放流境界、地下部は閉境界(不透水壁境界)とし、それ以外の北側~西側の陸域境界は閉境界とし、モデル底標高は-200mで閉境界としています。3次元格子モデル(地質)を図3に示します。
また、入力時間降雨波形(XRAIN)を図4に、小野地区モデルの水理パラメータを表1に示します。
図-3 小野地区3次元水理地質モデル (上:鳥瞰図 下:A-A’断面図) | 図-4 小野地区モデルの入力時間降雨波形(XRAIN) |
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表1 小野地区モデルの水理パラメータ | |||||||
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地質年代 | 地質 | 風化区分 | 風化・岩盤状況 | 透水係数(cm/s) | 有効間隙率 | ||
新生代 | 第四紀 | 渓流堆積物 | - | 砂礫層主体 | 1.0×10-2 | 0.2 | |
新第三紀鮮新世 | 英彦山火山岩類 (安山岩熔岩) |
(区別せず) | 溶岩と自破砕部の繰り返し、冷却節理開口 | 1.0×10-2 | 0.05 | ||
新第三紀鮮新世初期 | 北坂本累層 (凝灰角礫岩・礫岩) |
(区別せず) | 節理のない、固結した堆積岩 | 1.0×10-6 | 0.01 |
解析結果及び考察
(1) 地すべり面上の地下水の流れ
英彦山火山岩類基底面上の地下水の流れの方向を図5に示します。オレンジ色の線は基底面の等高線図で、地下水は大局的には基底面の最大傾斜の方向に流れ小野川に向かって流下しています。
図-5 地すべり発生時の英彦山火山岩類基底面上の水の流れの解析結果 |
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(2) 地すべり面上の水圧(地下水の水深)
図4の降雨波形中に示す各時刻での英彦山火山岩類基底面上の水圧(地下水の水深)分布を図6に示します。水圧(水深)分布は①豪雨開始前~③豪雨停止時までは、ほとんど変化が認められませんが、③+1豪雨停止1時間後に水圧(水深)の上昇範囲が急激に拡大しています。④地すべり発生時には、地すべり崩壊地中央部付近は水圧(水深)が概ね2.5m以上になっていることが読み取れます。
図-6 英彦山火山岩類基底面上の水圧分布の経時変化 |
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(3) A-A’ 断面沿いの地すべり面上の水飽和度と水圧(地下水の水深)、すべり安全率低下量の経時変化
A-A’ 断面上のA~Eの5地点での水飽和度と水圧(水深)の経時変化を図7に示します。各地点の経時変化の概要は以下のとおりです。
A :北坂本累層が露頭する地点の直上に位置し、豪雨前から飽和状態。降雨とともに水圧(水深)が徐々に上昇(上位の英彦山火山岩類は高透水性)
B :下流側のA地点の水圧上昇の影響を受け同じように上昇(バックウォーター)。
C,D:地すべり地の中心部に位置。ともに水圧(水深)の上昇傾向が類似している。飽和度の上昇の立ち上がりが上流D→下流C(水の流下方向)の順に発生。
E :豪雨前から水飽和度が高い(0.95)。この地点は変状区域内に位置し地形勾配が緩く、水が溜り(浸透し)易い箇所と位置づけられる。
地すべり中心付近(現地視察で崩壊深度が最も厚くなっていると推定されている所)に位置するC、D地点に着目すると、豪雨停止後の水圧(水深)が、その後にも継続的に上昇し続け、地すべり発生時刻付近でほぼ頭打ちとなり、上昇曲線の勾配が緩くなっている。
また、すべり安全率は、降雨前に比べて間隙水圧の上昇とともに徐々に低下し、B地点以外では、地すべり発生時刻前頃に最も低下している。
図-7 A~E地点での英彦山火山岩類基底面上の水飽和度・水圧(水深)・すべり安全率低下量の経時変化 |
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以上の分析結果を総合すると、10時間の時間遅れで地すべりを発生させたメカニズムとしては、一連の豪雨により、地すべり地区内での雨水の地下浸透に加え、地すべり地上流域からの英彦山火山岩類基底面(地すべり面)沿いの地下水の流入が、豪雨停止後にも継続した。その結果、地すべり面の間隙水圧を時間遅れで、地すべり発生時刻付近まで上昇させ続けたことが考えられます。すなわち、地すべり地区に水を集める範囲が、地すべり地区を越えた上流から流れ込むことで、地すべり発生の引き金となった間隙水圧上昇に起因するすべり駆動力が、すべり抵抗力を超えるまでに10時間を要したと考えられます。
地すべりや斜面表層崩壊に関する水理解析技術向上の必要性について
今年(2018年)の7月6~7日の西日本豪雨による地盤災害発生のニュースに接し、日本全国どこにでも豪雨による地盤災害が発生する可能性があることが再認識させられました。しかし、一方で同じ豪雨発生域の山間部でも斜面崩壊を免れたところがあったことも事実です。
降雨が地表面に到達してから崩壊が発生した地域の地形地質的要因との間をつなぐ斜面表層部の水の挙動を把握できれば、防災・減災対策に有効と考えられます。今回、2017年7月の九州北部豪雨による斜面表層崩壊と小野地区地すべりをGETFLOWSで解析した結果、GETFLOWSは、上記した課題を解決できる可能性を有する有力なツールの一つであることが確認できました。当社としましても、今後も豪雨地盤災害に向けての防災・減災に役立つ解析・評価・可視化技術の早期確立に努めていきたいと思っています。
なお、本資料の詳細につきましては、地盤工学会「平成29年7月九州北部豪雨による地盤災害調査報告書 2018年6月 4.6 豪雨時の斜面崩壊に関わる地下水挙動解析の試み」をご参照いただきますようお願い致します。